不意に、ちんちん電車【札幌奇譚その1】
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先日、父の外科手術の付き添いで、兄とともに札幌まで行ってきた。わざわざ遠く離れた札幌まで来たのは、そこに名医がいるからだと父は言っていた。
新千歳空港からJRに40分乗って札幌まで出て、地下鉄で中島公園駅まで行き、ホテルに荷物をおいて、路面電車で病院の最寄り駅まで行った。
手術の説明を名医のおじさんがしてくれた。
名医のおじさん「大体1時間半くらいで終わりますので。終わったらお声がけしますから」
兄とおれ「よろしくお願いします」
きっかり1時間半後に父はベッドに乗せられたまま手術室から出てきた。歩み寄ろうとすると看護婦さんが「あとでお呼びしますので、もう少々お待ちください」と優しく諭してくれた。
それから程なくして名医のおじさんがおれたちのところに戻ってきた。
名医のおじさん「手術は無事に成功しました。お部屋に戻ってもらって大丈夫ですよ。ただまだ麻酔が残っているので、意識が朦朧とされているかもしれません」
兄とおれ「はい。ありがとうございました」
病室に戻ると父は眠っていた。
おれ「無事に終わって良かったね」
兄「そうだな」
おれ「それにしてもやっぱり北海道は寒いね。さっき路面電車降りた所で、滑って転びそうになったよ。気をつけていたんだけどね」
話していると父が目を覚ました。
おれ「大丈夫?」
父「ああ」
おれ「無事に終わったって」
父はまだ朦朧としていた。
父「お母さんに、電話しといてくれ」
おれ「わかった。ゆっくり眠りなよ。これからお昼ご飯でも食べてくるよ」
父は頷いてまた眠った。
兄「じゃあ行くか」
おれ「そうだね。その前にトイレに行ってくるから少し待ってて」
兄「わかった」
病室を出て廊下をまっすぐ歩くと左手にナースステーションがあった。中には一人だけ看護婦さんが座っていた。
トイレで用を足しながら、札幌駅までの道のりを考えてみたが、路面電車で外回りと内回りどちらに乗った方が札幌駅まで近いのか、わからなかった。すぐにスマートホンを取り出し調べようかとも思ったが、それではあまりに味気ない。
スマートホンはおれたちにたくさんの情報を与えてはくれるが、同時にたくさんの色気を奪っているのではないかと最近考えていたところだった。
おれはトイレを出て、ナースステーションを覗き込んだ。先ほど一人でいた看護婦さんがまだ一人きりでいた。そしておれは開けっ放しになっていたナースステーションのドアのところに立った。
おれ「すいません。ここから札幌駅に行くには内回りと外回りどっちで行った方がいいですかね?」
看護婦さん「外回りの方が早いですよ。すすきので地下鉄に乗り換えてくださいね。ちんちん電車から」
ちんちん、ちんちん
鳴り止まないリフレイン。前半部分が霞んでしまう。
外回り。外回り。と自分に言い聞かせた。
おれ「ありがとうございます」
看護婦さん「地面凍ってるんで気をつけてくださいね」
おれ「はい。あの、ラーメン二郎って知ってますか?」
看護婦さん「ええ、大体週一で行ってますよ」
おれ「え、二郎好きなんですか?」
看護婦さん「はい。二郎に行くんですか?」
おれ「はい」
看護婦さん「それなら西8丁目からまっすぐ歩いて15分弱でも行けますよ」
おれ「あ、そうなんですね。ありがとうございます」
外回り、西8丁目を繰り返しながら病室まで戻った。
父は眠っていた。病室から窓の外を見ると、雪がちらついていた。
そして兄とおれは二郎札幌店に向かうことにした。