一日一善と三膳

一日一善と三膳を通して世界とおれを幸せにする

嫁へ こんなことを書いている人がいたんだ

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娘がベッドの上で泣いている。おれは泣いている娘の隣で、泣き顔や泣き声を観察している。でも決して抱き上げない。抱き上げれば泣き止むのは知っているけども、抱き上げない。本当は今すぐにでも抱き上げたいけど、それでもおれは抱き上げない。

 

なぜか?嫁がおれと娘の方を見ているからだ。嫁がこちらを見ていなければ、おれはすぐにでも娘を抱き上げるのだけれど。おれは「娘が泣いていてもすぐに抱き上げる必要なんてないんだよ」と嫁に背中で伝えようとしている。

 

仕事から帰るなり、嫁が真顔でおれに言う。「首の汚れを取ってあげたら、泣き喚いて、それから顔に手を近づけようとするだけで泣くの。嫌な顔するし。私嫌われたみたい」

 

残念なことだけれど、いくらおれが「嫌われてるわけないよ」と言ったところで、嫁はおれの言うことなんて、聞き入れてはくれない。それは今までもこれからも、多分変わらない。

 

おれは、嫁に休んで貰いたい。しかしおれは日中仕事に行っていて、嫁の代わりに娘の世話をしてあげることはできない。どうやったら嫁に休んで貰えるか?肉体的に休ませてあげられるのは、仕事から帰った後と、休みの日とのわずかな時間だけだ。せめて精神的にでも、毎日少しでも良いから休んで貰いたいと思う。

 

おれは考えた。嫁はおれの言うことはちっとも聞かないけれど、他人の言うことなら聞き入れる。おれはそれを利用しようと思う。これから書くことが、巡り巡って、いつしか嫁の目に入ることを期待する。

 

 

嫁へ

いつも娘の世話をしてくれて、ありがとう。

その前に、娘を産んでくれて、ありがとう。

 

おれは毎日君と娘のいる家に帰るのがとても楽しみです。朝、家を出る時に、眠っている君と娘の顔を見るのも楽しみです。でもその寝顔を見ると、家を出たくなくなって、溜まっている有給を使ってしまおうと、今まで何度思ったことか。

 

でも、今のおれにできることと言えば、会社に行って働いて、給料を貰ってきて、君と娘が生活に困らないようにする事です。そんな風に自分に言い聞かせながら、君たちの寝顔を瞼に焼き付けて、毎朝家を出ています。

 

君の読んでいる育児本。あれは今度捨てておきます。

「授乳は大切なコミュニケーションです。授乳時はスマホを見ずに、赤ちゃんを見てコミュニケーションを大切にしてください」と書いていました。とても美しい文章だと思います。でも、”美しすぎる”と思います。

授乳している時は、娘がおとなしくしている束の間の時間です。その時くらいは好きな動画を見たり、漫画を読んだりしてください。授乳時にコミュニケーションなんてないと思います。娘はただ、空腹を満たすのに必死です。乳首さえ差し出してあげていれば、それで十分です。

 

首の汚れを落としてあげようとして、嫌な顔をされることもあるのだろうけど、娘は君のことが嫌いなったわけじゃないです。ただ単に首を触られるのが嫌なだけです。

露骨に嫌な顔をされてしまうと、娘がかわいいと思えない時もあると思います。でもだからと言って、そんな風に思ってしまう自分自身を決して責めないでください。

そんな時は一度深呼吸をして、10年前おれと出会った頃のことを思い出してください。あの頃、愛しく思えていた、おれのことを。

 

娘がかわいいと思えない時がある。そういう時だってあるよ、それは。

今なんて、おれのこと、かわいいと思える日の方が稀でしょう。それなのに、娘のことだけをずっとかわいいと思えるなんて言われたら、おれの立つ瀬がありません。

 

時々思い出しください。娘を産んだ日のことと、おれと出会ったあの日のことを。

 

 

娘もおれも、君の笑っている顔が何よりも好きなのです。

娘もおれも、間違いなく、君を愛しています。

 

 

最後に一つだけ。

一年に一度だけで良いので、おれにも乳首を差し出してください。嘘です。そんなことしなくても良いです。

ただ、最近君の眉間によりがちな皺を伸ばしてあげられたらなと思って書いてみました。でも多分この一文で君のその皺は、バズリツカヤ渓谷よりも深くなってしまったのかもしれませんね。