一日一善と三膳

一日一善と三膳を通して世界とおれを幸せにする

違いのわかる男【札幌奇譚その5】

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父の側に寄り添った3日間も終わった。5日後の退院日には母が父を迎えに来ることになっている。おれは最後にもう一度タオルを濡らして部屋に干してから父の病室を出た。

 

父はおれにもう少し痩せろと言った。健康でいることが一番だと。ベッドに横になったままの父が言うので説得力はとてつもなかった。

 

だがしかし、痩せるのは難しい。ここ10年以上、おれは、ご飯を食べる時間になると、走って痩せようと思い、走るべき時間になると、食べるのを我慢しようと思い続けているのだ。生半可な覚悟では痩せられそうにはない。

 

痩せることを父に約束してから、病室を後にした。

 

その日は朝から雪が強めに降っていた。乗換アプリで新千歳空港までの時間を検索すると、JRの一部列車が運休していると出ていた。おれはJRに電話をして空港までの電車について確認した。幸い空港までの電車は平常運転しているとのことだった。次にJALに問い合わせて乗る予定の便が欠航になっていないかも確認した。幸いこれも平常運航だった。

 

空港に向かう途中、おれは一応電波塔と時計台を見ておくこうと思い、西4丁目でちんちん電車から降りた。

 

5時前でこの暗さだ。

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新千歳空港に着いてから出発の時間まで2時間あった。新千歳空港はレストランもお土産やさんも充実していた。フロア案内板を見るとレストランフロアにえびそば一幻があった。えびそば一幻は前日の夜に札幌で食べようと思ったのだけれど、面倒になって結局セイコーマートでおにぎりとホットシェフのチキンナゲットを買ってホテルで食べて眠った。

 

空港のえびそば一幻の店の前に行くと多くの人が並んでいた。その場で、えびそば一幻 東京、で検索したら新宿に店舗があることが判明したので、見送ることにした。

 

嫁がルタオのチーズケーキが食べたいと言っていたので、お土産屋さんに行った。ルタオのチーズケーキの賞味期限は1日となっていた。嫁は実家に帰っているので、次に会うのは1週間後だ。でもその日は土曜日だったので、その気になれば翌日におれが嫁の実家に持って行くこともできるなと考えた。娘にも会えるし。と。

 

嫁にLINEを送った。

おれ「ルタオのチーズケーキ、賞味期限明日中なんだけど、持って行こうか?」

嫁「いや、わざわざ大丈夫だよ。お母さんたちもゆっくりしたいみたいだから」

おれ「わかった。じゃあマルセイバターサンドだけ買っておくね」

 

娘婿が来ることがそんなに大変なことなのだろうか?とも思ったが、無視することにした。

 

その時点でまだ出発時刻まで1時間30分あった。おれは本屋さんに行って、いろんな本を手にとって機内で何を読むか吟味した。そうしているとあっと言う間に1時間が過ぎていた。少し早いかとも思ったけど、荷物検査口に向かった。

 

羽田から新千歳は1時間5分だったけど、新千歳から羽田までは1時間35分かかった。30分の差はなんなのだろうか?おれは機内で落語を聴くことにした。でも時々入る機内アナウンスのおかげでまともに聴くことができなかったので、諦めてイヤホンを外して、さっき買った本のことを思い出して読もうと思ったのだけれど、上に積んだバッグの中に入れてしまっていたので、諦めて機内誌に手をつけた。

 

それからひとしきりCAさんを眺めた。実に美しい。

 

そんなことを考えていたら、隣に座ったおじさんがCAさんを呼び止めた。

 

おじさん「窓際空いてて、隣に人のいない席があるなら移動してもいい?」

おじさんの口調は早口で、どこか人をイラつかせる響きだった。

 

CAさん「扉が閉まったら確認させて頂きますので、少々お待ちください」

CAさんは笑顔を絶やさなかったが、明らかにイラついていた。おれにはわかる。おじさんとCAさんが会話をしている間、おれはずっとCAさんの美しい顔と髪を見ていた。

 

扉が閉まるとCAさんが戻って来た。

CAさん「お客様、窓際の席で隣が空いている席は一つもありませんでした」

おじさん「ああそう、じゃあいいや」

おれはまたCAさんの美しい顔と髪を見ながら、透き通った声もじっくりと聞いた。隣のおじさんはイヤホンをしてアイマスクをして眠りに入った。

 

離陸の前の飛行機が動き出す直前に、CAさんがおれの顔を見ながら近づいて来た。おれもCAさんの顔から目をそらさないように気をつけた。CAさんはおれの目の前に立ち止まり、少し前かがみになり、おれの顔にその美しい顔をぐっと近づけ、耳元で囁いた。

 

CAさん「もし良ければ、こちらに移動して頂いても大丈夫ですよ」

CAさんは真ん中の4列席が全て空いている箇所を指して言った。

 

おれ「ありがとうございます。もしよかったら隣にどうですか?」

CAさん「今日は仕事がありますので、また次の機会に」

 

おれは4列席に移動しシートベルトをして、すぐに目を閉じて、集中した。そして、

「また次の機会に」その光景を何度も思い返した。

 

そして飛行機はあっと言う間に羽田空港に到着した。降りる時にさっきのCAさんが微笑みかけてくれた。自分の前のお客さんとは少し違う角度の会釈で。

その角度の違いが、おれにはわかる。

 

札幌奇譚はこれにて完結。またどこか旅に出かけたら、旅奇譚として書きたいと思う。

 

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