うさぎとかめ【札幌奇譚その3】
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ラーメン二郎を食べてから病院に戻ると、父は目を覚ましていた。それでもまだ意識ははっきりとはしていないようだった。
兄はソファで眠ってしまった。おれは暖房で乾燥している部屋に湿気を与えるために、タオルを3枚濡らして干した。窓の外には相変わらず雪がちらほらしていた。
夕方になると父の意識もはっきりとしてきて、自分で母に電話をしていた。
手術から6時間が過ぎた頃に、リハビリをしてくれるお姉さんが部屋にやってきた。あまりの説明の雑さにおれは愕然としたが、父は特に文句も言わずに頷いていた。
病院に来てよく思うことがある。「あなたにとっては数多くの患者の内の一人なのだろうけど」。だからおれは自分のお客さんにそう思われないように気をつけようといつも思う。
手術当日にも関わらず、父は立ち上がるところまで訓練していた。そしてゆっくりと足を前に出して部屋の中を少しだけ歩行器を頼りに歩いた。
親のそういう姿を見るのは、あまり気持ちの良いものではない。兄は相変わらずソファで眠っていた。
父はゆっくりとベッドに戻り、リハビリをしてくれるお姉さんも部屋を出て行き、また静かな時間が戻ってきた。窓の外はいつの間にか真っ暗になっていた。面会できる時間もそろそろ終わりに近づいていた。
父「今日はもうそろそろホテルに戻れ」
おれ「うん」
そこで兄が起きた。
おれ「そろそろホテルに戻ろう」
兄「おお」
おれ「おれは土曜日までいるけど、明日はもう戻るんだよね?」
兄「うん」
おれ「朝またここに来る時間はある?」
父「明日戻るなら無理して来なくても良いぞ」
兄「うん。新千歳に10時過ぎに行かないといけないから、明日はホテルからそのまま空港に向かうよ」
兄「これからすすきのに行ってみるか?」
おれ「そうだね。じゃあおれはまた明日来るよ」
父「別に朝早く来なくても良いからな」
おれ「うん」
兄「じゃあリハビリがんばって」
父「ありがとな。しっかりやれよ」
兄「うん。じゃあまた」
そして兄とおれはすすきの街に向かった。
ラーメン二郎がまだまだお腹の中にいたので、喫茶店に入った。北海道は東京に比べると、店内での喫煙可能率が高いように思われた。喫煙者のおれとしてはありがたいことだが、非喫煙者の兄からしたら迷惑そうだった。
兄「北海道は喫煙者がたくさんいるみたいだな」
おれ「そうらしいね。調べたらそんな感じのことが出てきたよ」
兄「これ飲んだらもう少しぶらぶらしてみるか?」
おれ「うん。電波塔とか時計台も近いみたいだけど行ってみる?」
兄「いや、別に良いかな」
おれ「お姉ちゃんのいるお店には行こうにも、二郎食べたから無理だね」
兄「そうだな。確かに。余計なお金使わずに済んだな」
おれ「そうだね」
喫茶店を出て、あてもなく繁華街を歩いていた。
兄「おい、あれ見てみろよ」
兄が指を斜め上に向けていたので、その方向に目をやると、ビルの2階にバニーガールが歩道にお尻を向けて立っていた。そのお尻はほぼ丸出しにだった。おれは突然の映像に思わず目を背けてしまった。
おれ「なんだあれ」
兄「そういうお店らしい」
おれ「バニーガールだね。入ってみる?」
兄「いや、やめておこう」
おれ「そうだね」
兄「そう言えば、おれの部屋ツインなんだけど、お前のホテルよりここから近いし、泊まるか?」
おれ「そうだね。そうするわ」
兄のホテルに向かう途中にセイコーマートによって、ソフトカツゲンを買った。本当はホットシェフのチキンナゲットも買いたかったのだけれど、時間が遅かったせいか、3件のセイコーマートを回ったにもかかわらず、全部の店舗で売り切れていた。
部屋に戻るとおれはすぐにシャワーを浴びた。シャンプーとボディソープで体を洗った後、冷え切った体を温めようとシャワーの温度を高めにして頭から浴びながら、その日の出来事を振り返った。
目に浮かんだのは、バニーガールのお尻と、ゆっくりと歩く父の姿だった。
「うさぎとかめ」おれはなんだか切ない気持ちになり、シャワーから出て、兄と何かを話そうと思ったが、兄はテレビをつけたまま、ベッドの上で眠っていた。おれは諦めて、買っておいたソフトカツゲンを少しだけ飲んだ。
(執筆時間37分)