一日一善と三膳

一日一善と三膳を通して世界とおれを幸せにする

金曜の夜遅くの電車で

Ads by Google

金曜日の夜。飲み会が終わり電車に乗る。終電よりも数本前の電車だ。今のところ吐瀉物も見当たらない平和な車内。

 

だが、目の前の席に座り眠っているおばさんの目からは時々涙がこぼれ落ちている。これは加齢によるものなのだろうか?それとも何かの病気なのか。はたまた、眠りながらも何かを悔やんでの涙なのだろうか。

 

窓の外に流れる景色。飲食店から漏れ出す光や、マンションの非常階段の電灯。15年前のあの日のおれが見ていた景色と、景色そのものは特に変わっていないのだけれど。

 

あの日おれは寮を抜け出して、真奈美に会うため電車に乗った。携帯電話もまだ持っていなかった。放課後真奈美に手を振ろうとした時に、真奈美が言った。「今晩23時に新松戸の改札ね」

 

あの夜揺れる電車の中から見た景色と今おれの目に映る景色はやっぱり同じだ。でもその景色から見るおれは、多分全然違う人間なのだろう。

 

新松戸の駅のすぐ脇の駐輪場で、真奈美は口づけをせがんだ。自転車のチェーンのオイルの臭いをくぐり抜けて、おれは真奈美の匂いを嗅いだ。

 

もしかしたら、目の前で涙を流しているこのおばさんは、真奈美なのかもしれない。だけど、おれはそのことに気がつかない。目を開け、涙を拭う真奈美(おばさん)も、目の前に立つおじさんが、おれだということにも当然気がつかない。

 

ただ少しだけ、おれもおばさんも、鼻の奥で少しだけ、ほんの少しだけ自転車のチェーンのオイルの臭いがしたような気がしただけだ。

 

何故だか、おれの目にも涙が溜まっている。

何故だかではない。加齢によるドライアイだ。