一日一善と三膳

一日一善と三膳を通して世界とおれを幸せにする

ハイカットのスニーカーとアラームと

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「ねえ、ちょっと」

と呼びかける声が彼女のものだと気がつくのに時間がかかった

 

知らない街を彼女と歩いている

テレビで見たことのある台湾の街並みに似ている

 

彼女は唐突にハイカットのスニーカーを見始める

28,500円という価格を見て、こんなもんなのかとおれに聞く

「多分そんなもんだよ。おれもハイカットのスニーカーを探しているんだ」

と彼女に告げる

 

「もっと太ってからにしなよ」

といたずらをする子どものような笑顔を浮かべながら彼女が言った

 

おれはこの夢がそう長く続かないことを知っている。

だから自ら目を開け、夢を終わらせる。

 

結局おれは、何者にもなってはいない。夢から冷めた世界の中で、つまらないことにイライラしていた自分がバカバカしく思える。結局おれは、何者にもなってはいない。

 

夢の中の彼女は18歳のままだった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

ここ数年、記憶しておくことが苦手になっている

「ここ数年」というのもいつからなのか覚えていないからこう表現する他ない。こんなのはまだマシで、5分前に誰かと電話していたのだけれど、その誰かが思い出せなかったりする。

 

原因を探ってみよう。

 

多分頼まれごとが多すぎるのが原因の一つだ。最近覚えてられないので事細かにメモをエクセルでつけるようにしているのだけれど、だいたい110件の依頼が電話越しにある。内容はそれぞれ違う。田中さんからはIPアドレスが知りたいとか、石山さんからはエクセルのSUMsubtotalになってしまうとか、直美ちゃんからは20時前に電話したいとか、野口さんからは複合機のsend機能が突然ダウンしたとか、浅井さんからはデータの条件の訂正とか。それとは別に直接口頭で依頼されることも10件ほどある。メールは少なくて1日多くて2件ほどで、ない日もある。ざっと一月で400件ほどの依頼相談を受ける。

 

 

おっさん「この前お願いしたのどうなった?」

おれ「今まだ調べてます」

おっさん「もう3日経つんだけど」

おれ「申し訳ないです。嘘つきました。本当は忘れてました」

おっさん「忘れっぽいよね」

おれ「ええ、まあ」

おっさん「直したほうがいいよ」

おれ「そうですね」

おっさん「早く調べてよ」

おれ「何をですか?忘れっぽいので何を聞かれていたのか忘れました」

おっさん「ワードの文字が72pt以上大きくできないんだけど」

おれ「それならptが表示されるところに直接数字打ち込めば出来ますよ。100でも200でも」

おっさん「そうなの?」

おれ「はい。ていうかそれ私に聞いたんじゃなくて他の人に聞いたんじゃないですか?私なら今みたいに即答できますもん」

おっさん「そうだったかなあ」

おれ「忘れっぽいの直したほうが良いですね。お互い」

おっさん「いや、絶対君に聞いたよ」

おれ「電話が鳴ってるのでまた」

ガチャ

 

 

 

仕事のできる人は、優先順位を正しく付けられると聞く。

 

おれは20時に直美ちゃんに電話することだけは、エクセルのメモとは別に、iPhoneのスケジュールにアラーム付きで登録した。